STORY
ストーリー
SINCE 1953
創業

前身は岐阜ミシマモータース。
当時の2輪メーカー「ミシマ軽発工業」の岐阜販売代理店を経て、自動車整備事業を手がける。

1986年
スキャナーとの出会い

80年代に入る頃、輸入車の整備を多く引き受けるようになり、チューニングやドレスアップも手掛けるようになっていた。
80年代、アメ車には簡単なコンピュータが搭載され始めていた。
簡単な自己診断モードが搭載された車が登場し、雑誌等で情報を収集していた。

当時、アメリカ車が全盛期の頃、市場調査とパーツ仕入れの為、アメリカへ渡った。
同時に雑誌に載っていたスキャナーも探していたが情報がなかった。
偶然、街ですれ違ったSnap-onのバンを追いかけ、情報収集した。
入手には時間がかかるが、使っているメカニックなら紹介できると言われ、そこまで連れていってもらった。すぐに交渉して使用中の物を譲ってもらった。

1987 年

岐阜ミシマモータースの2代目を継ぐ。

1998年
診断機との出会い

90年台後半からヨーロッパ車が全盛期に。
社員旅行で訪れたラスベガスのSEMA のショーで欧州車のスキャンツール
(AUTOLAND SCIENTECH製OB91)に目がとまった。
その場で交渉してサンプルを入手した。
帰国後AUTOLAND SCIENTECH台湾本社へ行き、日本での販売代理権を取り付け販売をスタート。

当時の輸入車整備会社では修理の際の診断機の必要性が高まっていた。
地元の同業者から紹介し始め、全国へ販売を拡大していった。

2009年
ないものは、つくるしかない

診断機を販売していく中で、ソフトウェアの開発、修正は避けられず時間と費用が嵩んでいった。
日本で何か開発できないだろうか?
そんな思いで一人のエンジニアと共に日本での研究・開発を進めることにした。
商品開発を進めていく上で、重要だったのは、自動車整備の現場で働く人たちが困っている現状を、
自分たちが開発した商品で打破したいという熱い想いだった。

診断機を作るのに必要な材料は取り寄せになるため、質の良い信頼できる企業にたどり着くまでには
とても苦労を重ねた。当初2人から始めた開発だった。

2010年
創造から始めた夢が実現する

TPM1000 完成。

開発年数1 年というわずかな期間で作り上げた。
低コストで抑えるため限られた部品の中でディスプレイにもこだわり、
操作性、正確性の向上を追及した渾身の第一号が誕生した。
当時、ブレーキオイル交換時に診断機が必要な車両があり、
車検整備時に必要な項目に特化した機能を入れたものとなった。

多くの整備会社がTPM1000を買い求めるようになった。
診断機の需要が高まるなか、低価格で操作性や機能性が優れたTPM1000が選ばれたのだ。

2013年
夢に挑み、世界に発信しつづける

2013年11月 TPM2000 リリース
2016年04月 TPM-Rリリース
2017年09月 TPM-iリリース

TPM1000完成後、TPM2000、TPM-Rなど次々と開発に取り組んだ。

2019年
くりかえし原点、くりかえし未来

現在では、自動車整備業界だけではなく、異業種からの需要が増えている。
昔は修理工場に診断機1台だったが、今では自動車に1台とコンパクトに使えるよう開発を進めている。(スマートフォン経由)

今後は自動ブレーキの義務化や車載カメラの普及に伴い、診断機の開発も様々な可能性を見据え、
さらなる開発に向けて挑戦し続けていく。

2020年6月
TPM-5 リリース


Road to the future
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